京都とエジソン
最近はダイオード LED (light Emitting Diode)が主流になっており、白熱電球は生産中止が発表されましたが

エジソンと京都の関係はご存知でない人も多いのではないでしょうか?
さて、なぜここがエジソンと関係があるのか? エジソンときたら電球、電球ときたらフィラメント。
世界の発明王・トーマス・アルバ・エジソンが電球に使用したフィラメントは、
京都 の八幡市の男山の孟宗竹を材料にしているんです。
電球のフィラメントに最適なものを見つけようと6000千種類もの材料を試した結果、
最初は木綿糸やスパゲッティや何と友人のヒゲまでも素材として使ったのだそうです。
当然、これらはすぐ燃えつきてしまったんですけどね。
http://lazio.slmame.com/e988349.html
あるとき机の上の竹をフイラメントに使ってみると、なんと200時間も灯ったのです。
その中でも男山の竹を炭にしたもので作ったフィラメントが最も長く最長で約2450時間も点灯したそうだ。
そして エジソン はこの 京都 八幡市の竹で白熱電灯の実用化ができ、
タングステンのフィラメントが出現するまで12年近く世の中を照らすこととなったのだ。
では エジソン はどのようにして 京都 の八幡市の男山の孟宗竹とであったのでしょうか?
1880年、一人の竹採りハンターが来 日。時の首相伊藤博文と会い、「竹なら京都へ」とのアドバイスを受けます。
京都 では、初代京都 府知事から「竹なら八幡か嵯峨野がいい」と言われたことがきっかけとなりました。
その後エジソンはこの新しい白熱電球を売り出すために会社を設立しました。
これが現在のGE(General Electric)社のもとになります。そしてこのGE社ではそのあともフィラメントの素材について研究を重ね、
1910年頃GE社で竹よりもっと丈夫なフィラメントが開発され、これによって電球の寿命 は更に延びました。
現代のあかりとして電球と勢力を2分する蛍光灯もやはりGE社により1938年に発明されました 。
エジソンの研究所には数名の日本人が働いていた。そのうちの一人岩垂邦彦は帰国後、日本電気(NEC)を設立した。
藤岡市助は東芝を設立しました。
取締役会ではエヂソンの考えは 入れられず社名から エジソンという名をはずされた。エジソンは
General Electric 社を退社することになる。その後亡くなるまでの30年間General Electric 社の工場
に足を踏み入れることはなかった。1931年 発明王エヂゾンはノーベル賞を受賞することなく亡くなった。
白熱電球の発明には成功したが企業家として白熱電球の事業化には 失敗した。
蛍光灯はエネルギーの光への転換効率が良いのが長所で、白熱電球に比べてずっと小さい電力で 同量の光を出すことができるのです。
しかし科学技術の進歩は大変なもので、半永久的に切れない あかりが一部で使われ始めているんです。
それがダイオード LED (light Emitting Diode)といって、弱い光しか出ませんが発熱が小さく非常に長い寿命を持っており、家電製品や情報機器のパイロットランプや表示板などに多数使用されています。

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